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諸葛夫婦(孔明&月英)中心小説保管庫です。更新はありません。旧「有頂天外」です。
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――騙された。

月英は悔しさにぎゅっと下唇をかみ締めた。
それから、機嫌を取るかのように月英、と優しく呼びかけてくる、普段なら大好きな父の友人である水鏡にぷいっと顔を背けてみせる。
なにが臥龍よ。所詮居眠りしているだけじゃない。世に出る勇気もないんでしょう。
ちらりと見合い相手らしい男を見ると、その男は月英の視線に気付いたのかじっと見てきた。それも楽しそうに観察するかのように。
ふん、とその男から視線をそらして水鏡に騙されたことに対して怒りを訴える。
たしかに話がうますぎた。裏をかくべきだった。
ずっと兵法を学ぶことに反対だった父が簡単に許すわけないのだから。
騙された、という怒りに腹の奥からふつふつとしたものが生まれてきて仕方ない。
それをうまく消化できずに水鏡に、子供みたいだと分かってはいるけれど、文句を言わずにはいられない。そんな心境も知らないくせに、

「才女と聞いていた貴方も、こうして見ているとただの駄々っ子ですね」

男がそんなことを言う。しかも、にこりとして。
怒りが全身を走ったが、こんな居眠り龍の意地悪に乗ってはいけないという理性は失われていない。
だから、男の意地悪に、

「私も臥龍と貴方を聞いておりましたが、ただの意気地なしに思えますわ」

と意地悪を乗せた矢を射って放つ。
男がどう反応するかと思えば、ほぉ、そうですか、とただ受け流そうとするではないか。
内心慌てつつもその頬に作り笑うを浮かべてみせる。

「だって、そうでしょう?臥龍などを大層なあだ名がありますけれど、所詮は居眠り中ということ。才をもっているのならば、それを世の為に使うべきだと私は思いますの。それもせずに、この狭い隆中で居眠りをしているだけなんてただの意気地なしですわ」
「臥龍と自分で名乗っているわけではありませんし、意気地なしと言われれば否定はしませんが、生き方については私と貴方の価値観の相違とも言えるでしょう?」
「そうですね」

価値観の相違。そう言ってくれて有難いと思った。

「貴方は――見合いのつもりでいらっしゃったのでしょう?」

月英はさきほど男にされたように観察するように男を見据える。

「では伴侶と価値観の相違があっては大変でしょう?」

そう言うと、男がくっと笑いそうになったのが分かった。何よ、この男、そう思っていると、

「私は、今仕えたいと思える人に出会っていないので居眠りを続けてますが、いつか出会えたらとは思っています。貴方が好きでもない男と結婚したくないのと同じですよ」

そう言われた。思わずぴくりと反応してしまった。

――この男も私と一緒なの?

すっと怒りが引いていくのが分かった。
この男もいつか自分が尊敬できる人物が現れるのを待っているというのか。
怒りが引くとかわりに胸がざわめいた。
男を見ると、自分に微笑みかけていた。その微笑に慌てて顔を反らすとつんと唇を尖らせてみせる。


 ※

この見合いも失敗か、とうなだれる父に月英はしばらく無言だったが、俯きながら、

「もう一度だけ会います」

と低い声で言う。
父が、えっ、と驚いたようにまじまじを見つめてくるのでその視線から逃れるようにくるりを背を向けて、

「でも、見合いじゃありません!ただ、単にもう一度だけ会って話すだけです!」

このままでは自尊心が許さないから。ただそれだけ。
別にもう一度会いたいわけじゃありません。

月英は高まる鼓動を抑えるように、自分に言い聞かせるように何度もそう胸の中で繰り返す。

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