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諸葛夫婦(孔明&月英)中心小説保管庫です。更新はありません。旧「有頂天外」です。
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心ない者は、お前こそが漢の逆臣などと言っておる。私はそれが悲しくてならん」
「私の風評など・・・、殿のそのお言葉で十分報われました。乱世の道は清らかではありません。
世の謗りは私が受け止めます。殿は王道を堂々とお進みください」
 
 
 
 
 
 
 
 
夢の間をうつらうつらしていたが、すっ・・・と夢から醒めた。

醒めた夢が、胸の中で、切なく疼いた。
以前に城内の廊下で劉備と孔明が交わしていた会話。
盗み聞くつもりはなかったけれど――・・・。
 
なぜ今頃思い出したのだろう。なぜ今頃夢に見たのだろう。
月英は寝返りを打ってそっと隣に手を伸ばす。
 
そこには――誰もいない。

多忙を極める孔明と共寝をしなくなって久しくなっている。
孔明は、きちんと睡眠をとっているのだろうか。
月英は、心配と寂しさを閉じ込めてしまおうと再びきつく瞼を閉じるが、閉じた瞼からぽろりと涙が一粒流れ出た。
 
 ※
 
――孔明さま。
 
眠りの向こうで、誰かが呼んでいる――ような気がした。
それはとても大切でいとおしい人の声に似ていて、孔明は、うっすらと目を開けた。
けれど、目の前には誰もおらず、広がるのは薄暗い闇ばかり――。
執務室で仮眠をとっていた。
起き上がると窓の外を眺める。
薄い朝日が、空のまだ暗い空にまぎれこむようにゆっくりと昇り始めている。
立ち尽くして、それを眩しげに見上げた。
 
「――あと、もう少しだけ・・・」
 
時間が欲しい。

押し出した呟きが、けれど、唇に張り付いたままで消えてゆく。

 
 ※
 

その人は早朝の静寂な空気にひっそりと溶け込むような微笑を浮かべ、孔明を呼んだ。
月英、と名を呼ぶと、ふふっと頬を揺らしながら、茶を持ってきた。
 
「朝、早いですね」
「それは孔明さまです。あまり睡眠をとっていらっしゃらないのでは?」
「大丈夫ですよ」
 
月英が孔明の机の前に立ち、茶を置いてからその上に山積みにされたものをひとつひとつ辿るように見つめ、心配気な表情を一瞬だけ見せたが、すぐに気分を切り替えたらしく、
 
「私も続きをやってしまいますね」
 
と、孔明が月英にお願いした仕事の続きに取り掛かるために、そっと机の前を離れた。
その背をしばらく見ていた孔明だったが、視線を落として、ゆっくりと瞬きをする。
 
月英は孔明の仕事を最近よく手伝うようになった。
負担を少しでも軽くしようとして、仕事の飲み込みも頭の回転も早い人なので孔明は助かると感謝している。
出来る限りの仕事は人に回すことにしている。そうしないと人材が育たない。
けれど、回しても回しても、新たに問題やら難題やらが起こり、次々に仕事が増えるばかり。
やるべきことは、考えるべきことが増えていくばかり。
 
「助かります」

孔明がそう言うと、月英がにこりと微笑んだ。
あとは、特に会話は交わさなかった。
ふたり、ただ、執務室でやるべきことにとりかかるだけ。
やがて、人の気配が外から感じられるようになり朝が完全にあけたことが分かった頃、そっと伏せた瞼の奥から月英を見つめる。夫の欲目ではなく美しい女だと思っている。
武将としての強さを持ち、妻としては貞淑でいて、どこか少女のような純な部分を持ち合わせ、それに孔明は翻弄される。
彼女を想う気持ちだけはずっと変わっていない。
知れない明日の向こうでも変わらない心を月英に教えられたような。そんな気がする。
 
月英は――。
本来はとても強い女性だ。精神的にも肉体的にも。
けれど、自分のことになるととても脆くなってしまう。泣き虫になってしまう。
それがとてもあいらしく愛おしく、切ないまでに胸を疼かせ、男しての独占欲を満足させ、くすぐる。
しかし――。
駄目なのだ。それでは駄目なのだ。
もっともっと強くなってもらわないと駄目なのだ。
いつか。
いつか自分がいなくなっても、地にしっかりと足をつけ、前を向いて自分のことなど忘れて、生きていけるぐらいに強くなってもらわないといけないのだ。
 
――時間が。時間がたりない。
 
こみ上げてくる苦しさが、月英を想うがゆえのものなのか、この体が限界を感じてのものなのか、孔明はぐっと拳を握り締めて堪えた。
 



 
 
 
軽い咳が出るようになったのはいつのことだっただろう、と孔明は考える。
喉に軽い違和感を感じ、それで出る程度の軽い咳だった。
心配する妻を大袈裟だとからかい、受け流していた。
けれど、咳はじょじょに腹の奥底から出るような重いものに変わっていった。
そして――。
初めて血を吐いたのは最近のこと。肺をやられてしまったのかと思った。
隠れて城下の医者を訪ねた時、肺ではない内臓がやられていると言われた。まずは感染症ではないことに安心した。
内臓が圧迫し、咳がでるのだという。
こまめに通院するように言われたが山積みになった決裁がそれを許さない。
そのまま、今では病の衣からぐずぐずと抜け出せずにいる。
 

それを月英が気付かないわけではない。
忙しさと世情の移り変わりとで、月英自身も忙しかったこともあり、元々少なかったふたりだけの時間は余計に減った。
それでも、月英は隙を見ては会いに来る。仕事を手伝いにくる。
そんな彼女の想いは素直に嬉しく、抱き寄せたい衝動と体調の不良に気付かれたくない、もっと突き放さなければならない、自分がいなくとも平気なほどに強くなってもらいたいという想いが心中渦巻く。
けれど、彼女と顔を合わせれば、その笑顔を見れば、心が癒され、そして、その後に顔を出すのは獰猛な欲。
その欲が湧き出るままに抱き寄せ、もっともっととばかりに欲望が貪欲に広がる。
夫婦となったばかりの頃、隠し場所の分からない宝を探すかのように月英の肢体を慎重に、そっと扱った。
けれど、今は自分でも驚く獰猛な欲に月英の細い体は、ひるまず、それについてこようと絡みつく。
月英を抱くと時折、苛立つことがある。
ふたりの体が、いくら交わっても絡みあい、ひとつに繋がったとしても、離れなければならないことに苛立つ。
体は疲れても、飢えが満たされない。
男として子孫を残したという本能が働いているのだろうか、とどこかで孔明は冷静に思う。
子供はまだいい。それはふたりで決めたこと。
魏と呉に比べ、財力も兵士の数もすべてにおいて劣る部分が多い。だから、戦力である月英に抜けられては困る。
それは夫婦となったばかりの頃にふたりで決めたことだった。
けれど、子供を一生涯諦めたわけではない。いつかは欲しいと思っていた。
慎重に抱いていた月英を最近では、乱暴に扱うことがある。駄目だと分かっているのに――。
 
げぼっと出た咳が堪えきれず溢れ出る。
しばらくして落ち着いた頃、ほぉと溜息を吐き落とすとゆっくりと瞬きをする。
 
そんなことよりも今は――。
今は私事などにかまけている場合ではない。
殿の天下の為に、その時まで、持ち堪えてくれ。
体が鉛のように重い。

 
 ※

 
「何をしているのですか?」
 
下からふわっとわいてきたその声に月英は、大きく体を揺らした。
崖のような斜面に上り、大葉子を採っていた。
いつも鍛錬をする場所の近くに生えていることに気付いて、育つのを待っていたのだ。
危ない、というその声に、大丈夫だと笑顔を見せると、右手に草を抱えながらもするりと身をかわして地面へと降りる。
 
「大葉子を採ってました、趙雲殿」
「大葉子ですか?」
「咳に効く薬草なんです」
「諸葛亮殿にですか?」
 
ええ、とにこりとする月英の複雑気に笑みを返す。
時折、孔明が咳をしていることは趙雲も知っている。聞いても大丈夫だとしか答えないことも。
 
「それをどうするんですか?」
「まずは綺麗に洗って、日干ししてから細かく切り刻んで煎じて飲んでもらいます」
「それはまずそうな・・・」
「薬湯ですから」
 
ふふっと笑いながらも、その顔に縁取られた月英の憂いを、趙雲はそっと見つめる。
 
「もっと採るのでしたら手伝いますよ」
「そんな」
「気にしないでください、月英殿。楽しそうですから。子供の頃を思い出す」
 
そう言うと、月英の睫がふわりと揺れてから、くすくすと笑い出した。
 
「何ですか?」
「やっぱり趙雲殿と孔明さまの声は似てます。さっきも一瞬、孔明さまに呼ばれたのかと思って、驚きました。
いるはずもないのに」
「夫の声を間違えては怒られますよ」
「孔明さまはそんなことでは怒りませんよ」
 
月英のその瞳の奥が、なにやら遠いものの輪郭を捉えるようにふわりと細まる。
何を見ているのだろう、と趙雲が同じものを見ようと思ってもそれはできない。
けれど、月英のその瞳がひどく寂しそうで、胸が震えた。その震えを振り払うかのように乱暴に月英が先程昇っていた急斜面に駆け上がる。
以前、馬超が苛立つと言っていた孔明の落ち着き払った目を、趙雲は今なら分かると思った。
 

 
 ※


孔明の執務室を訪ねた時、文官などが行き来し、孔明はその対応などで忙しそうだった。
内政、外交、戦略関係等孔明は多忙だ。
けれど。
最近は何をそんなに焦っているのだろうか、と思う時がある。
しばらく待つか、出直すか考えていると、執務室に孔明の弟の均が入ってきた。両手に荷物を抱えて。
 
「趙雲殿」
 
年齢にしては幼い人懐っこい笑顔を見せる彼に趙雲は、兄弟でこうも違うものかといつも思う。
それは皆そう思うらしく、劉備などはそれを楽しんでいる。
 
「兄に急用ですか?」
「急ぎではないから出直そうかと思ってたところだ」
 
均は、孔明が馬良などを交え、話し合いをしているのを一瞥してから、
 
「兄の手が少しでも空いたら使いを出しますよ」
「じゃあ、そうしてもらおうかな」
 
均は頷くと抱えていた荷物を抱え直す。そうしてできたほんの少しの隙間から見えた小さな木箱に趙雲の目は一瞬だけ止まったが、すぐに執務室を後にした。

 
 ※

 
屋敷の中は静かだった。
孔明も月英も人を使うことがあまり好きではなかったが、失業問題の兼ね合いもあり数人雇っている。
その使用人も通いの者が多い為に、夜になるとしんと静まり返る屋敷が急に寂しく感じられて、月英はぼんやりとしてたが、ゆっくりと立ち上がる。
気がつくと夜になっていた。薄い闇がひそやかに広がり、どこからか虫の鳴き声が聞こえる。
昼間は鍛錬があって、それが終わってから趙雲と大葉子を採り、洗って干すまで手伝ってもらった。
屋敷の若い女中は趙雲に色めきだきつつも緊張したらしく、けれど、その様子がとても可愛らしくて月英は
そっと笑った。そして、ふっと感じた疑問を趙雲にぶつけた。
 
「趙雲殿はご結婚なさらないのですか?」
 
その疑問に彼は曖昧に笑うだけだった。
 
ふいに顔を上げると今宵の月は赤かった。
こんな月を孔明と見たことがある。赤壁の前の、柴桑城でのこと。朝佳のことを聞いたのもその時。
ずいぶん昔のことに感じ、懐かしさに目を細める。
あの頃、孔明と話すことですら酸欠になるかと思うほどだった。
今はその腕に抱きしめられて、口付けされてそんな幸福を知ったけれど・・・。
赤い月をぼんやりと見上げながら、月英はそっと我が身を抱きしめる。
あの時、赤い月がとても恐ろしかった。
それを思い出し、再びどくどくと鳴る心臓の音を、たまらない不安な気持ちで聞く。
やはり、赤い月は恐ろしく感じる。
不安を増長する。どくんどくんと胸の中に不安が脈打ち、闇が広がる。
夜の闇に、影がまるで生き物であるかのようにゆらゆらうごめく。その不気味さにおびえ、冷えた我が身を
もっと強く抱きしめる。

 

 ※

 
孔明の執務室の扉を開けると、孔明が咳をしていた。
 
「大丈夫ですか?疲れているのでは?」
「大丈夫です」
 
そう掠れた声で言うと、水を飲み干す。
 
「先程も来ていただいたのに申し訳ありませんでした」
「いえ、忙しそうでしたから」
 
用件を切り出し、話す間も孔明は軽い咳を洩らす。孔明の返答は分かっていてもつい再び、
 
「本当に大丈夫ですか?」
 
と聞いてしまう。それに孔明は大丈夫だと軽く頷く。
 
「月英殿が――」
 
その名を口に出すと、孔明がほんの一瞬だけ趙雲の目を捉えたが、すぐに反らした。
その反応にほんの少しだけ趙雲は喜ばしく感じつつも、どこか捉えようのない苛立ちも感じる。
 
「月英殿が心配してましたよ」
「妻は大げさなのです」
「少し休まれは?」
「――今抱えている懸案を終えたら、そうします」
「それは一体いつになるのです?そんなことを言ってはいつになっても終わらないのでは?あなたに何か
あったのなら殿も我々も月英殿も困るのですよ」
「基盤はある程度整えております。下もゆっくりとですが育ってきている。それに――仮に私に何かあったら
あなたが妻を支えてくれるでしょう?」
 
孔明が薄い微笑をたたえた瞳で言う。それに趙雲は眉根を歪ませる。
 
「どういう意味ですか?」
「いや、駄目ですね、あなたでは。私たちがどこか似ている。それではだめだ」
「えっ?」
「私とあなたは根底が同じ。けれど、分岐点が違う」
「意味が分からないのですが」
 
趙雲の問いに孔明は答える気がなどないらしく、ただ静かに感情など何も浮かんでいない瞳で受け流す。
そして、孔明のその瞳の奥が、なにやら遠いものの輪郭を捉えるようにふわりと細まる。
同じ目を月英もしていた。
ふたりには何か同じものが見えているのかもしれない。自分には見えない何か――。
それに趙雲は奥歯をギュッとかみ締めた。


 
趙雲の去った後の執務室でひとり机の前に佇む。
今夜は屋敷に帰ろうと思い、散らばったものを簡単に整え、均に持ってきてもらった木箱を開ける。
中にあるのは漢方。城下の医者へ均に取りに行ってもらった。
弟には話してある。
均は溜息混じりの息を落とした後に、唇を歪ましただけで何も言わなかった。
何を言っても無駄だと悟った顔をしていた。
その漢方を水で流し込んで、瞼を閉じ、しばらく、空白の心を抱え立ち尽くす。
けれどもその空白は、かすかな足音で濁された。
ハッとして顔を上げると月英だ。驚く孔明に、月英はふふっと笑みを浮かべる。
孔明は、内心驚きつつ急いで、でも、冷静に木箱を隠す。
 
「今宵は帰ろうと思ってたところですよ」
「では、待っていた方が良かったでしょうか?」
 
そう言いながら、月英が孔明の脇をするりとすり抜け、背後の窓のへりに手を置く。
見ると今宵の月は赤い。あの赤壁の前の、柴桑城で見た月のように。
赤い月は怖いと月英は言っていたことを思い出す。
だから、今日こうして来たのかもしれない。不安を抱えながら。
背中から月英を抱きしめる。手を回して、月英の指を絡めとると、ひどく冷えていて驚いた。
細いその指先の爪に触れる。つるつるしていて気持ちよい。
けれど、月英がくすぐったそうに体をよじるので、彼女を回転させて、正面から抱きしめる。
鼻先が月英の髪に触れ、そこから、ふわっと湿った香りがした。
なぜこんなに冷えているのだろうと不思議に思うぐらいに今日の月英が冷えていた。
顔を上げた月英の額に口付ける。そこも冷たい。
今度は頬に唇を押し付ける。そこも冷たい。
絡めあっていた指を月英が離すと、孔明の頬に触れた。
それから、唇にくちづけを乞うように顔を寄せていた月英を、かなり乱暴にその腕を引っ張り、机の上へと
座らせるや否や、押し倒す。唇へはくちづけはできない。まだ口の中に残る先程の漢方の味に気付かれない
わけがない。
突然の出来事に月英の瞳が驚愕とどこか恐怖に揺れている。
 
「声は出さないでください」
 
そう言うと、月英の首筋に唇を寄せて、舌で舐める。ぴくりと月英の体が揺らめく。
一瞬逃れようとしたので衣服越しその胸に触れながら、その不安気な顔を見つめながら髪を撫でる。
そうすると月英が大人しくなることなど知っている。
月英の着ているものはひどく脱がせぬくい。乱暴に足を開かせ、勢いのままに下だけ脱がせる。
 
 
強引に足首をつかまれ、自分の中に孔明が押しはいってきた時、声を出すなといわれたけれど、抑えることが
できなかった。あぁ、と声を洩らすと、孔明の手で口を抑えられる。
その息苦しさすら心地よくて、溢れ出てくる、あまくてこわくて、トロトロするものに全身が震える。
どこかに沈んでいく気持ちを孔明にどう伝えていいのか分からない。
孔明さま、と名を呼ぶと片腕で月英の腰を抱え込んで、繋がった部分を深くする。
やさしい仕草で頬に口付けて、けれど、飢えたようにさらに強く抱き寄せる。あぁ、と声を洩れそうになるのを堪え、
けれど、もっと深く繋がれないことがじれったくなる。
今、孔明は何を思っているのか、すべてが知りたい。
知りたくて知りたくて仕方がない。
 
そして、思うのだ。ずるいと。ずるい。ずるい。ずるい。
心の中で、幾度も幾度も繰り返す。
 
あの草廬で初めて結ばれた時――。
 
「私は欲深いから、月英殿のことは何でも知りたいと思っている。あなたを不安に陥らせてしまったことは謝ります。これからは、つつみ隠さず話してください」
 
孔明はそう言った。
孔明は自分の気持ちを何でも知ろうとするくせに、孔明の心の中に月英を入らせてくれない。そんな気がしてならないのだ。月英も孔明のことは何でも知りたい。知りたいのに。
彼は自分の本心を月英には開いてくれない。いや、誰にもそうなのかもしれない。
 
月英の瞳から涙が一粒零れた。

ずるい。ずるい。ずるい。

 


 ※



抱き合う時、月英が生理的な涙を流すことは珍しくない。
けれど、今日のこの涙は違う。孔明はその頬を流れた涙の跡を見つめる。
 
コトが終わると月英は緊張の糸が一気に解けるのか、コテンとすぐに寝てしまい、孔明はたびたび驚かされた。
寝てしまった月英の体を抱き寄せて、抱きしめているのに抱きしめられているような、包まれているかのような安堵感を与えてくるそのぬくもりとともに寝るのが好きだった。
少し寝相の悪い月英を押さえつけると、眉間に皴を寄せて、寝ているのに怒ったような顔をしたり、足を絡めてきたり、ギュっと抱きついてきたり、逃れようとしたり。時には微笑んだり。
そんな様子を見るのが好きだった。
今も月英は寝ている。
いや、寝たふりをしているのだろう。
執務室でコトにおよんでしまったのは軽率だった。誰も通りかかったりしなくて良かった。
そう冷静に思う。
けれど、抑えられなかった。
驚く月英を組み敷いて机の上で抱き、そのまま、執務室の奥にある仮眠用の寝台でも抱いた。
声を抑え、苦しそうにする月英により興奮した自分に軽い嫌悪感を覚える。
月英が声をおさえようとしているのに、知り尽くした彼女の弱い敏感な部分を刺激し、月英を追い詰める。
けれど、月英は涙を流しながらも濁流に押し流されるような孔明の欲望を受け止めた。
 
孔明に背を向けてうつ伏せで横になる月英の頭蓋骨のカタチを確認するように二度撫でた後、孔明は寝台から立ち上がり、そっと離れた。
 
 
 
ギュッと瞼を閉じながら、寝たふりを続けていたが、孔明が頭を撫でた後に、自分の傍を離れたのに気付いて瞼を開く。そこに広がる薄暗い闇をぼんやりと見つめていると、孔明が咳をした音がして、ハッと上半身だけ起き上がる。
けれど、傍に駆け寄ることは躊躇われた。
孔明は体調の不良を隠そうとしているのは分かっている。
けれど。
分からないのだ。
彼が言ってくれるのを待つべきなのか、自分から言うべきなのか分からないのだ。
夫婦となっても片思いのままのような気がしてならない。
それに、
 
「けれど、体が弱かった。自分の体力を考えずに無茶をするのでハラハラしたものです」
 
孔明の兄である瑾がそう言っていたのに。聞いていたのに。
そんな後悔が胸の中でじわじわと滲んで染みてくる。
 
――孔明さま、貴方にとって私はどういう存在なのですか。
 
 
 

 
 
 
コンと小さな足音がしたかと思うと、机に向かっていた孔明の首にそっと月英の手が巻きついてきた。
月英の豊かな髪の匂いが、ふわりと孔明の鼻先を覆い、やがて胸の底まで届いて切なく心を揺らす。
月英の腕に触れようとした時、足音が近づいてきて、月英が慌てて離れた。
その足音は、孔明の執務室の前で止まって、軽く扉を叩く音と同時に開かれる。顔を出したのは均。
月英がいるのに、あれという顔を一瞬だけして見せるが、すぐに孔明の前に立ち止まると、
 
「殿がお呼びです」
 
とだけ言うと、すぐに踵を返して行ってしまう。
孔明もそれに立ち上がると、月英をちらりと見てから行ってしまった。
 
 
 
 ※
 

荊州に戦いで蜀を倒せなかった呉は、魏と手を結び、樊城の戦いで、関羽を討ち取り、荊州から蜀を撤退させたが、関羽の命を奪われた劉備は、復讐の鬼と化し、夷陵へと軍を進めた。
その夷陵の戦いは苦戦を強いられた。
その頃からだ。孔明が咳をし始めたのは。心配する月英に軽い風邪だと笑い、流された。
その後、劉備は感中を収めるために兵を出し、たて続けに戦が起きた。
戦が続けは続くほどに、孔明の体は――。
月英は、窓から洩れる赤い月にそっと我が身を抱きしめる。
不安が波のようにうねって月英を飲み込んでいく。




 
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