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諸葛夫婦(孔明&月英)中心小説保管庫です。更新はありません。旧「有頂天外」です。
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【注意】このお話は趙雲→月英←孔明という関係になっており、元は趙雲と月英が恋人だったという設定になります。


心臓を鷲掴みにされるような衝撃に趙雲は、体を動かすことが出来なくなった。
言葉を失い、ただ立ち尽くすだけのそんな彼を一瞥しただけで彼女は、すっとその脇をすり抜けて行く。かぐわしく香った彼女の香が、懐かしくその胸を射り、その痛みに趙雲は我に返った。急いで彼女を追いかけて、その肩を掴んだ。

「月英・・・。なぜ、あなたがここに・・・」

声が震えた。彼女の肩を掴む手も震えていた。
けれど、彼女は趙雲の動揺など気にも留めていない様子で、けれど、振り返ることなく、

「父の命で参りました。失礼致します」

毅然とそう言うと、肩に乗った趙雲の手を落ちてきた木の葉のように振り払うと、歩き出す。
さわっと風が舞って趙雲の鼻先に、月英の赤い髪が触れる。
掴み取ろうと手を伸ばすより早く月英は、趙雲の前を通り過ぎて行ってしまった。
風に揺れる赤い髪の主の背を見つめながら、趙雲はぐっと拳を握る。


――これでは、彼女の手を振り払ってきた意味がなくなってしまうではないか!


趙雲は急いで月英の背を追った。


 ※


初めて会った時、好奇心に満ちた輝く瞳が印象的だった。
目が合うと途端、ぱぁと花が咲くように彼女の頬に笑みが浮かび、その笑顔はまるで甘い粒子が、きらきらと輝き舞い立ったかのように見えて、趙雲は一瞬怯んだ。

「趙雲子竜さまでしょうか?」

彼女―月英―は、ぽかんとする趙雲を面白がるように、いたずらっぽい笑いを唇に揺らした。
趙雲は、あわてて唇をギュッと引き結んで月英を見つめた。
月英は、趙雲が否定しないことを肯定と受け取ったらしく、

「一度お会いしたいと思っておりましたの。私は黄承彦の娘で月英と申します」

と無邪気に言ってくる。
その日、趙雲は主君―劉備玄徳と共に黄承彦の屋敷に来ていた。
劉備は荊州の牧、劉表の客将となっており、その間に荊州の豪族や名士などと会うように心がけている様子で、その日は月英の父、黄承彦に会いに来ていた。
黄承彦は、地元の名士であり、そのひとり娘となると通常ならば滅多に客人になど顔を出すことはないのだろうと思った瞬間、奥から屋敷の侍女らしい女が驚いたような声を上げて月英に駆け寄ってきた。

「月英さま、何をなさっているのですか!旦那さまに怒られます!」
「あら、あなたが黙っていてくれればばれないわ」

侍女の慌てようなど気にもしてない様子で、にこりとそう言う。
でも、だって、と月英を連れて行こうとする侍女の手をやんわりと振りほどくと、月英は趙雲に、

「お願いあります!」

と片目を瞑って両手を合わせてそんなことを言う。

「お願い?」

趙雲がそう繰り返すと月英はにこりと微笑み、侍女は真っ青になっている。
月英の願いというのは、剣術を教えて欲しいというもので、趙雲はなかば呆れた。
護身用ですか、という問いかけに首を振り、戦時などの実践用ですわ、と言葉とは似つかわしくないあまい笑みを浮かべてそんなことを言う。
幼少期より武芸を教わっていたが、それはあくまで護身用。
もっともっと学びたいのに、父はそれを許さずいつの間にか、教えに来ていた師を解雇してしまったというのだ。それから、独学で続けてきたらしい。

「あなたには武芸など必要ないでしょう?」

趙雲の言葉に、月英は一瞬眉を顰めて、

「女というだけでそう言われることにはとっくの昔に飽きました」

下唇をかみ締めて悔しそうに言う。
けれど、性差というのはどうしても生じてしまう、と言おうとしたが、悔しそうに下唇をかみ締め、真摯な瞳で趙雲の瞳を射てくる月英の視線に、趙雲は開きかけた唇を閉じた。
ふぅ、と息を吐き落とすと趙雲は、まぁいいや、と思い直す。
どうせ女の手習いだ。たいしたことはない。ちょっと技術を見て、実力の差を見せ付ければこのわがままなお嬢様も身の程を知るだろう。

「分かりました。お相手しましょう」

趙雲がそう言うと月英の顔はぱぁ喜びに輝いたが、そばで聞いていた侍女の顔には絶望の色すら浮かんでいる。このお嬢さんに仕えている侍女に趙雲は同情した。


 ※


所詮、女の手習い。たいしたことない。

趙雲はそう思ってかなり手加減をしたのだが、相手をして驚いた。
下手な男よりも断然強い。強いし、女であるが故に身軽さですばしっこく、その実力に趙雲は心底驚いた。
けれど、どこか独学のためか変な癖がある。その癖さえ直れば実践にもかなり役に立つだろう。

「月英殿でしたね?そこの腕の使い方ですか」

説明すると真っ直ぐに趙雲を見つめ、真剣な顔をして聞いている。
そんな彼女にこれほどの実力を持っているのに女だからという理由だけで、屋敷にこもっていろというのは
可哀想だ。彼女の性格からしてそれは軟禁にも近いのだろう、と変な同情心を持ってしまったのがいけない。
気がつけば、また教える約束をしていた。
してからまずった、と思ったが、月英がいたずらっ子のように頬を揺らすのを見ていると、まぁいいか、と思えてしまうのだから不思議だ。
趙雲は、月英のその嬉しそうな愛らしい笑顔につられて、唇の端にいつしか笑みを浮かべて彼女を見つめた。


それから、月英はこっそりと屋敷を抜け出して、趙雲は新野から月英に会いに出かけることが増えた。
幸いなことに劉備は趙雲がちょっといなくなっても必ず帰ってくれさえばいい、とばかりに何も言わなかった。
武術の師弟関係から、互いに特別な感情を抱きあうのに時間はかからなかった。
それが当然であるかのようにいつの間にか抱き合うようになり、唇を重ねるようになり――。
趙雲は彼女の赤い髪に顔をうずめ抱きしめるのが好きだった。
女性にしては背が高かったが、抱きしめてしまえば華奢で小さく感じられた。
ただ嫁入り前の娘なのだから、と趙雲は理性を必死に稼動させ一線だけは越えなかったが、ときおり彼女の体を衣服越しながらまさぐってしまうことがあった。
その手を月英はそっと掴み、唇を寄せて、

「別にいいのに・・・」

とそんな呟きを落とすことさえあったが、趙雲は聞こえない振りをした。

月英を愛している。

女に対してそんな強い感情を抱いたのは初めてだった。
言葉に出すことはなかったけれど、月英には伝わっていると信じていた。
彼女を愛すれば愛するほどに、手離さないといけない。そう思う気持ちが生まれた。

自分はいつか殿に従い、この地を離れる。彼女を連れてはいけない。
彼女には幸せになって欲しい。

武芸がどんなに優れていても危険をおかして欲しくない。
安全な巣の中で、幸せになって欲しい。


できたら、自分の知らない人物と――幸せになってくれたのなら、それでいい。
自分の知らない男と――幸せになってくれ。






劉備はあらたに臥龍と名高かった軍師を雇い入れた。
もの静かな、だけど、何を考えているのか分からないような部分のある男だと趙雲は思った。

その軍師が来てしばらくして、荊州の牧、劉表の病が重くなり、後継者争いに乗じて、時の覇者である曹操が進撃してきた。それを劉備軍が軍師の采配により博望披で打ち破った。趙雲は、それからその軍師に心から信頼を寄せていた。
けれど、事態は刻々と変化していく。
博望披で大敗した曹操軍が大軍を荊州を差し入れていることが分かった。

この地も戦乱に巻き込まれる。
そして、とうとう月英を手離す時が来たと趙雲は感じた。
だから、最後に泣きながら抱きついてきた彼女を冷酷に突き放した。
もう二度と会うことはないだろう。誰か自分の知らない男と幸せになればいい。そう思って突き放した。

なのに――。


月英は再び趙雲の前に姿を現した。


いつか手離さなければならない華に手を出したことを趙雲は激しく後悔した。



 ※

初めて会った時。
その人が現れた途端、まだ寒かった荊州に淡い春が訪れたような気がした。
ゆっくりと振り返ったその人と目があった瞬間、何かが弾んだ。
そして、自分の中にあったくすぶっていた火が灯った――月英はそんな気がしたことを思い出す。


けれど、今。
その人―趙雲子龍が驚きに満ちた目で自分を捉えた時、きりりと肌寒い何かが走った。
薄ら寒い何かが全身に走り、月英はキュッと身を引き締めて趙雲を見る。
怒っているのではない。哀しんでいるのではない。
二度と帰り来ぬ日々に胸が震えているわけでもない。優しいぬくもりを恋しがっているのではない。
その証拠に驚く彼を内心薄ら笑う気持ちさえもある。

「月英・・・。なぜ、あなたがここに・・・」

趙雲の声が震えている。自分の肩を掴む手が震えている。珍しいことだ、と冷静に思った。
動揺が隠せない様子の趙雲にゆっくりと一度瞬きをしてから、

「父の命で参りました。失礼致します」

そう言い、肩をさっと揺らしてその手を振り払うと、真っ直ぐに歩き出す。
頬に触れる風が冷たく心地よい。すっと澄んだ空気を吸い込んで思い出す。父の言葉を。
一度、劉備玄徳に会ってから月英の父は彼に傾倒していた。
だから、その彼の危機に少しでも娘が役に立つのならと、そして、きっと月英に自らの生き方を見つめ直して来い、そういう意味で込めて「見極め来い」と言って送り出してくれたのだろう。

月英自身、趙雲より学んだ武芸を一度実践で試してみたかった。
けれど、一度でいい。

もう趙雲という男に会うつもりはないのだから。今回限りだ。



 ※



「月英と申します。父の命により劉備さまのお力になるべく参じました」

月英がそう言うと、劉備玄徳が人の良さそうな笑顔を見せた。

「おお!よく来てくれた。ご助力感謝する」
「いえ、助力はこの此度の務めを果たすまで。それ以後のことはご容赦いただきたいと存じます」

月英がそう言うと、劉備の隣にいた男と目が合った。
漆黒の黒髪と瞳の色を持った男。
瞳は静かだけど、強く確かな――鋭いものを秘めたそんな目をしている。
澄んだ真摯すぎるその瞳を月英は、たじろぎもせずに自分の瞳に迎い入れる。
きっとこの男が諸葛孔明だろう、と月英は思った。劉備軍の軍師だ。臥龍と呼ばれた男。

なぜだろう、と月英は思った。
迎い入れた瞳の奥から直感で何かを感じた。
この男は自分の人生に何かしら絡んでくるのではないだろうか、と。
そして、

「承知しました。ここでいろいろ見聞きして、ご自身で判断なさるといいでしょう」

男の声に思わず息を呑んだ。似ている。声があの人と似ている。
はっとする月英を孔明はじっと見据えてくる。
その瞳は静かに揺れているだけにも見えるけれど、見透かされているようなそんな気持ちにもさせる。
見透かした上で月英を見つめている。
そんな瞳に月英はそっと目を反らす。

怖い、と思った。理由など分からない。ただこの男の目が怖いと思った。
臥龍はその尾で月英の全身にざらりと絡みついてきた。



 ※



劉備軍はどうにか江夏へと落ちのびた。

戦は一度出てみると意外にもあっけないものなのかもしれない。
月英は、そんなことを思った。
実践は初めてなのだから仕方ないだろうが、無我夢中で終わったような気がして後悔が滲む。

束ねていた髪を振りほどき、溜息を吐き落とした時、

「月英」

と名前を呼ばれた。呼び捨てにするような男はただひとり。
誰もいないとはいえ、無用心なと不快感を感じた。
背後にその男の気配を感じつつも月英は振り返らずに、乱れた髪を手で梳く。
月英、と再度呼ばれて、その男の息が感じられる位置まで近づいてきたのが分かったが、月英は振り返らない。けれど、その両肩を掴まれそうになったので、すっと身を翻すと、趙雲に振り返る。

刹那見つめあう。

互いの瞳に互いの姿が映る。最初に視線を反らしたのは月英。
月英は唇の端に笑みを浮かべて、

「安心して」

と言う。趙雲は言葉の意味が分からず、ただ月英を見つめる。

「あなたを追ってきたわけじゃないわ。一度実践の場に出てみたかったの。父も許してくれたわ」

月英の言葉に趙雲は、

「相変わらずじゃじゃ馬だ・・・。」

ははっと乾いた笑いを洩らす。
そんな乾いた笑いを洩らす自分を不快そうに見る月英に胸が痛んだ。きりりと胸を苛む痛み。
戦場での彼女は、ただのじゃじゃ馬ではなかった。立派なひとりの戦士だった。
彼女ならばもしかして――浮かんだ思いを打ち消すように趙雲は、月英から目を反らす。

「これからどうするつもりですか?」

趙雲の問いかけに、

「結婚するわ」

と言う月英の言葉に、趙雲は黙った。
けれど、ちらりと目が動いた。
動いた目から何かがすっ・・・と冷めたかのような顔をした。その趙雲の顔に月英はきゅっと胸が痛んだ。
彼を傷つけたくてついた嘘に胸がきりりきりりと凪ぐ。けれど、もう何も関係がない、と思い直す。
これからどうする、の問いかけは、そういう意味ではないことを承知の上で嘘の矢を射っただけのこと。
これくらい許して欲しい。

「相手は?」
「さぁ、知りません」
「あなたが知らない男に・・・、黙って嫁ぐとは思えない」
「あなたが私の何を知っているとでもいうの?もう関係のない女でしょう?」

その言葉に趙雲は、月英を睨んだ。
趙雲の顔に、冷めたはずのたかぶりが一瞬にして戻ってきた、という鋭さがあった。
睨まれて一瞬だけ月英はたじろぐ。
何を勝手な、と月英は怒りを込めて彼を睨み返す。

私の手を振り払ったのは誰でもないあなたでしょう?
なのに、なぜそんな怒り、そして、傷ついたような顔をするのよ。

喉元まで出かかった言葉を唾とともに飲み込む。ひとときの感情に流される愚かな女になりたくない。
もう話すことなどない。何を話しても所詮は堂々巡りなだけだ。
くるりと月英が踵を返そうとした時――。

視線を感じて、その軌跡をたどるようにゆっくりと顔を向けると、視線の主と目が合った。
思わず下唇をかみ締める。

視線の主は、あの軍師だった。
軍師は驚く月英をさらりと受け流すとそっとそのままゆっくりと歩いていってしまう。
趙雲は気付いたのだろうか、と思い彼に振り返るが、もう趙雲は背を向けていた。

ざらりとした何かが胸に生まれて、月英は落ち着かない気持ちなった。
別に――。
あの軍師に趙雲とふたりで話したいる姿など見られたところで何も問題がないのだから、そうは思うのだけれど。

落ち着かない。

ざらりと何かが胸を捕らえている。


龍は月英の足元から絡みつくように彼女を捕らえる。





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