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「孔明さまは、私より先に死ぬのと後に死ぬのとどちらがいいですか?」
遥か遠い空から夕闇が広がり宵がはじまる時刻。
夕凪に目を瞑り、ふっ・・・と眠りかけた時だった。そんな声が聞こえたのは。
いや、聞こえたのではなく思い出したというのが正しい。海馬の奥深くに押しやられていた記憶。
その言葉を言ったのは月英。
閉じていた瞼を開くと、視界に広がるのは誰もいない部屋。
遠くに喧騒は感じられるが、この部屋は静かだ。
なぜ今頃、月英の言葉を思い出すのか。孔明は口の端に苦笑を浮かべる。
人間は死期が近づくと、昔のことを思い出すという。それなのだろうかと自嘲の笑みが浮かぶ。
言った月英自身は覚えているのだろうか?
昨夜、流星を見た。
普段はそれを見たとしても何も感じない。あぁ、流星かと思う程度だ。
けれど、昨夜は違った。
藍の空に川のようにある星のひとつが落ちるを見て、あぁ、死ぬのか、と他人事のように思った。
もちろん、そう感じさせる諸症状が体にあったのも要因のひとつだが、星が流れると人が死ぬという伝承を信じてなどいないはずなのに、すんなりとその考えを受け止めていた。
夜の空気は清浄で、日中に潜む多くの苦悩や、突き刺さるような痛み、苦しさに熱く爛れた心が夜風に当たれば、熱を失っていくような気がして孔明は夜が好きだった。
だから、昨夜も夜風に当たって、流星を見た。
そして、感じた自らの死期が近いことに――。
だから、あの月英の言葉を思い出したのだろうか?
あれは――いつの頃だったか。
不思議なもので今まで忘れていたというのに、思い出してみれば記憶は鮮明に蘇る。
まだ月英と結婚して、あまり時間がたっていない頃だ。
草廬で暮らしていた頃。夫婦の閨での戯れ話。
互いに望んだ結婚ではなかった。決められた相手と縁を結んだだけのこと。
それなのに、思いがけず手にいれたものの愛おしさに戸惑いつつ、それをどうしていいのか自分の心を持て余していたまだ青臭い若い頃。
その夜、彼女の白く輝くように浮かび上がるその肌を撫でていた。
突然の妻の問いかけに驚いた。普段はそんなことを言う女ではない。
まだ残る睦みあった熱の余韻が、彼女にそんなことを言わせたのかと思いつつ、考えながら彼女を抱く腕にほんの少し力を込め、
「――可能ならば月英、あなたより先に死にたくありませんね。」
そう答えた。すると、触れそうなほど近くから月英が、どうしてですか、と覗き込んでくる。
「あなたを残していくことが心配なだけですよ。あなたの泣き顔は見たくない」
「死んでしまったのなら見ることができないじゃないですか?」
「――私は嫉妬深いですから先に死んでもあなたの傍にいますよ」
「そんな非現実はことを・・・」
くすくすと月英が頬を揺らすのに、あなたの問いかけもらしくないですよ、と反論しようかと思ったが止めた。月英がとても嬉しそうで、ぎゅっと抱きついてくるので、孔明は体の奥から何かが突き上げてくるのを微笑で誤魔化し、彼女の唇に自分のそれを重ねる。
乱暴に、ときに慈しむように彼女の頬に首筋に、鎖骨に――彼女の敏感な部位に触れていくと、白い肌は徐々に赤みを帯びてゆく。
胸を上下させながら呼吸を荒げる月英に、孔明は問いかける。
「月英、あなたは?」
月英は、意味が分からないとばかりにきょとんとする。そんな月英に口角がにやりと上がる。
「死ぬのは私より先と後、どちらがいいですか?」
私は・・・、と月英が掠れた声で言う。
「私は孔明様の腕の中で死にたいです」
月英の返事は孔明を心から満足させ、意地の悪い気持ちにすらさせる。
「今みたいにですか?」
月英の耳元にそっと囁くと、背中に回されていた月英の細い指が爪を軽くたてる。
まったく痛くないその反抗に孔明は笑うと、彼女の頬を両手で覆って、そのまま本能のままに貫いた。
あの時の妻の肌の感触すら鮮明に思い出される。
考えてみれば夫婦らしく暮らしていたのは草廬の日々だけかもしれない。
孔明は、その後の自らの、そして、妻の生きてきた道を思い返す。
自分とともに生きていくことで苦労を多くさせた。自分は彼女を幸せには出来なかったのではないか、と後悔ばかり浮かぶ。
自分の腕の中で死にたいと望んだのは妻。
妻より先に死にたくないと望んだのは自分。
互いに望んだことは叶えられそうにない。
今は――かつて月英が望んだような死を自らがしたい。
叶わないことは分かっている。ならば、死ぬのは夜がいい。
月英――。
妻の名を呟いてみる。彼女の名にある月に見守られながら死にたい。
月の明るい夜に夜風に当たりながら。
月の白々とした清涼な光に抱かれて逝きたい。
――宵がくる。今宵の月はどう輝くのだろう。
遥か遠い空から夕闇が広がり宵がはじまる時刻。
夕凪に目を瞑り、ふっ・・・と眠りかけた時だった。そんな声が聞こえたのは。
いや、聞こえたのではなく思い出したというのが正しい。海馬の奥深くに押しやられていた記憶。
その言葉を言ったのは月英。
閉じていた瞼を開くと、視界に広がるのは誰もいない部屋。
遠くに喧騒は感じられるが、この部屋は静かだ。
なぜ今頃、月英の言葉を思い出すのか。孔明は口の端に苦笑を浮かべる。
人間は死期が近づくと、昔のことを思い出すという。それなのだろうかと自嘲の笑みが浮かぶ。
言った月英自身は覚えているのだろうか?
昨夜、流星を見た。
普段はそれを見たとしても何も感じない。あぁ、流星かと思う程度だ。
けれど、昨夜は違った。
藍の空に川のようにある星のひとつが落ちるを見て、あぁ、死ぬのか、と他人事のように思った。
もちろん、そう感じさせる諸症状が体にあったのも要因のひとつだが、星が流れると人が死ぬという伝承を信じてなどいないはずなのに、すんなりとその考えを受け止めていた。
夜の空気は清浄で、日中に潜む多くの苦悩や、突き刺さるような痛み、苦しさに熱く爛れた心が夜風に当たれば、熱を失っていくような気がして孔明は夜が好きだった。
だから、昨夜も夜風に当たって、流星を見た。
そして、感じた自らの死期が近いことに――。
だから、あの月英の言葉を思い出したのだろうか?
あれは――いつの頃だったか。
不思議なもので今まで忘れていたというのに、思い出してみれば記憶は鮮明に蘇る。
まだ月英と結婚して、あまり時間がたっていない頃だ。
草廬で暮らしていた頃。夫婦の閨での戯れ話。
互いに望んだ結婚ではなかった。決められた相手と縁を結んだだけのこと。
それなのに、思いがけず手にいれたものの愛おしさに戸惑いつつ、それをどうしていいのか自分の心を持て余していたまだ青臭い若い頃。
その夜、彼女の白く輝くように浮かび上がるその肌を撫でていた。
突然の妻の問いかけに驚いた。普段はそんなことを言う女ではない。
まだ残る睦みあった熱の余韻が、彼女にそんなことを言わせたのかと思いつつ、考えながら彼女を抱く腕にほんの少し力を込め、
「――可能ならば月英、あなたより先に死にたくありませんね。」
そう答えた。すると、触れそうなほど近くから月英が、どうしてですか、と覗き込んでくる。
「あなたを残していくことが心配なだけですよ。あなたの泣き顔は見たくない」
「死んでしまったのなら見ることができないじゃないですか?」
「――私は嫉妬深いですから先に死んでもあなたの傍にいますよ」
「そんな非現実はことを・・・」
くすくすと月英が頬を揺らすのに、あなたの問いかけもらしくないですよ、と反論しようかと思ったが止めた。月英がとても嬉しそうで、ぎゅっと抱きついてくるので、孔明は体の奥から何かが突き上げてくるのを微笑で誤魔化し、彼女の唇に自分のそれを重ねる。
乱暴に、ときに慈しむように彼女の頬に首筋に、鎖骨に――彼女の敏感な部位に触れていくと、白い肌は徐々に赤みを帯びてゆく。
胸を上下させながら呼吸を荒げる月英に、孔明は問いかける。
「月英、あなたは?」
月英は、意味が分からないとばかりにきょとんとする。そんな月英に口角がにやりと上がる。
「死ぬのは私より先と後、どちらがいいですか?」
私は・・・、と月英が掠れた声で言う。
「私は孔明様の腕の中で死にたいです」
月英の返事は孔明を心から満足させ、意地の悪い気持ちにすらさせる。
「今みたいにですか?」
月英の耳元にそっと囁くと、背中に回されていた月英の細い指が爪を軽くたてる。
まったく痛くないその反抗に孔明は笑うと、彼女の頬を両手で覆って、そのまま本能のままに貫いた。
あの時の妻の肌の感触すら鮮明に思い出される。
考えてみれば夫婦らしく暮らしていたのは草廬の日々だけかもしれない。
孔明は、その後の自らの、そして、妻の生きてきた道を思い返す。
自分とともに生きていくことで苦労を多くさせた。自分は彼女を幸せには出来なかったのではないか、と後悔ばかり浮かぶ。
自分の腕の中で死にたいと望んだのは妻。
妻より先に死にたくないと望んだのは自分。
互いに望んだことは叶えられそうにない。
今は――かつて月英が望んだような死を自らがしたい。
叶わないことは分かっている。ならば、死ぬのは夜がいい。
月英――。
妻の名を呟いてみる。彼女の名にある月に見守られながら死にたい。
月の明るい夜に夜風に当たりながら。
月の白々とした清涼な光に抱かれて逝きたい。
――宵がくる。今宵の月はどう輝くのだろう。
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