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諸葛夫婦(孔明&月英)中心小説保管庫です。更新はありません。旧「有頂天外」です。
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自分の視線が気になるのだろうと分かっているけれど孔明は、横目でちらりと様子を伺ってくる月英の横顔を見つめ続けた。珍しく何もしないで、ただ座ったまま月英を見つめていた。
月英は今、図面を引いている。
すっ・・・と線を描いているらしい音を聞きながら月英を見つめていた。
以前に自分が頼んだ物の作成に取り掛かってくれているので邪魔はしたくないと思いつつも、自然と月英を目で追ってしまうのだ。


今日、定例の軍議で月英と揉めた。
互いの信念が異なり、議論が縺れ周囲をはらはらさせた。
結論が出ないまま今日の軍議は持ち越しとのことで終わったが、孔明は自分の妻の頑固さにいささか辟易した。それも彼女の理論にはいささかの濁りもなく、理に適っているのだが、孔明としても譲れない部分もあった。あれでは帰ってからも大変だろうと妙な同情を周囲にされたが、帰ってみると意外にも月英は気にもしていない様子で出迎えてくれた。それを見て、公私混同をしない月英に対して有難いと思いつつ、意外にも男の方がそれはできない生物なのかもしれないと感じた。


珍しいことではないが互いのことをよく知らないまま結婚し、その生活において月英は従順だった。
だから、今日のように頑固なところがあるのかと知らされ、驚かされたと同時に面倒臭さを感じたのも事実。
けれど、肝心の月英本人は何も気にしていない素振りで微笑みかけてくるのだ。
所帯を持つつもりなどなかった。
この乱世に身を投じた時から死は覚悟していた。
自分の首に幾重も縄がかけられ、それを誰にも引かせないように気を張らなければならない日々の中、心残りになるようなものは必要ないと思っていた。
妻も子供も自分の人生にはいらない存在だと思っていた。
ならばなぜ月英と結婚したのか、と問われればそれは月英は強い女性であって、自分の意思を持ち、自分の人生を切り開いていける人だから、仮に自分に何かあったとしても自分で歩んでいけるだろうからと答えるだろう。
けれど、結婚して気付いたことがひとつ――。

それを思い、ふと溜息を洩らしたその時――。


「孔明さま、先ほどからどうかなさいましたか?」

月英が心配そうに声をかけてきた。
今、自分を心配する従順な妻の月英と、軍議で見せた人を強い武人としての月英。
ふたりの女は、ひとりの女なのだから較べるのも馬鹿げていることは分かっていたが、それでも、今の優しさが描かれたような顔と、大胆で荒々しく論破してくる顔と同じ人物だと思うと孔明は不思議な気がしてならない。

「一体、どちらが本当の貴方なのですかね?」

そう言うと、孔明の言葉の意味が分からない月英は小首を傾げる。

「今日の軍議での貴方と今の貴方が同じ人物だとは思えないだけですよ」
「あ、あれは・・・、私も引くに引けなくなってつい・・・」

孔明の言葉に何か反論しようとした月英だったが語尾を濁らせその肌を徐々に赤みを帯びさせ、ぷいっと背を向けてしまった。そんな月英を孔明は変わらず見つめ続けていたが、

「私だって――・・・」

月英が背を向けたまま言う。

「今の孔明さまと軍議の孔明さまが同じ方とは思えませんよ」
「えっ?」
「あの時の孔明さまの目はとても怖いのに今の孔明さまは・・・違います」
「違うとは?」
「――」

月英は答えない。
ただ一度振り返り、赤く染まった頬で孔明と目が合った途端、パッと顔を反らしてしまった
月英の態度からなんとなく予想は出来た。
孔明は、月英から目を反らして、苦笑を洩らす。

結婚して初めて自分の弱さを孔明は思い知った。
心残りになるであろう妻子を必要ないものを思っていたのは自分の心が弱かったから。
今、月英を妻とし、守られるような弱い女性ではないのにも関わらず、彼女の存在が自分の胸の中で膨張し、大切なかけがえのない存在になっていくのに気付いたのはいつの頃だったか・・・。
彼女が傍にいると心が休まる。
きっとそれが自然を顔にも出ていて、そうなるときっと締りのない顔で月英を見ていたのだろう。
それにただ苦笑を洩らすほかない。

女に自分を理解などしてもらおうとは思っていなかった。
今も思っていない。
それは、自然と月英が分かってくれているからそう思わないだけかもしれない。
甘えている。そう思う。月英に甘えている。
他人と生活をともにすることで少なからず生活に変化はでてくるものだ。
月英と生活をともにし、孔明の中に生じた変化。
それは今まで無色だった世界に色が染まってきたこと。
それは地平線から昇る太陽が地を染めていくようにごく自然のことで、気付けば染まっていたのだ。


月英、と呼びかけると彼女が振り返った。
手招きをすると素直に応じる。孔明の目の前までやってきた月英の髪に触れる。
本人は好きではないらしい赤い髪が孔明は好きだった。

髪に触れただけなのに、月英はぴくりと体を震わす。
立ち上がると何をされるか想像がついているらしい月英が身を固くしたので、期待には添わないといけないだろうと孔明は彼女を抱きしめる。

彼女の赤い髪に顔をうずめ、この赤に染まる心地よさを彼女を抱く腕に込める。


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