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諸葛夫婦(孔明&月英)中心小説保管庫です。更新はありません。旧「有頂天外」です。
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陽だまりが、ぽっかりと地を包むあたたかさな午後。
孔明は、しゃがみこんで畑の土に触れる。しばらく、土を握りしめたまま考え事をしていたが、

「孔明さま?」

妻――月英の声がすぐ耳元でした。

「どうかされましたか?」
「いいえ」
「長い時間、ずっとその姿勢のまま動かなかったので心配になりました」

自分ではそれほど長い時間、考えこんでいたつもりはなかったが、月英が言うからそうなのだろう。
孔明は、そっと握りしめていた土の中にいた虫を指で摘む。大きな虫だ。月英がじりじりと後ずさったのが分かった。蛇や蛙は大丈夫だったが虫は苦手なのか、不思議な人だ、と口の中で呟く。


月英と結婚してまだ7日しかたっていない。
互いに知らないことばかり。
何が好きで、何が嫌いなのか。生活習慣の違いなど手探りのことばかり。
この7日間は、互いを探りあう会話ばかり。夜をともに過ごしたとはいえ、ふたりの距離は遠い。


この結婚は月英の父と、親を亡くした孔明の後見人的存在の師である水鏡との間で決められた。縁談も話を持ちかけられた時、孔明は自分がもうそんな年齢なのかと驚いた。
両親を亡くし、頼った叔父をも亡くし、弟妹を連れて流浪し、たどりついた荊州の隆中。
どうにか土地と草廬を手に入れ、農を営み、水鏡の門を叩き勉学に励み、時の流れなど気にもしていなかったから、結婚するような年齢になっていたことに驚いた。月英は親の決めた縁談を断れようもなかっただろうし、孔明にしても恩のある師が心配し、持ちかけてきた話を断れるはずもなかった。


結婚式の当日まで互いの顔は知らなかった。
彼女の父から、「あまり女性らしくはないが、君に合う学識はある」と文をもらったことがある。
自分に合う学識とはどういうものなのだろうと思った。
それを持つ女性とはどういう人なのだろうか?
それから、髪が赤いらしいという噂を孔明は学友から聞いた。
今まで噂に興味などなかったから知らなかったが、彼女はどうやら有名だったらしく、そんな彼女との縁談に学友たちは興味津々だった。

当日彼女を見て、本当に赤い髪をしていると思っただけで驚きはしなかった。
肌の色は白いから、色素が薄いのだろうかと見ていると、その視線に気付いたのかものおじせず自分を試すように見つめてくるその瞳に、気が強そうだなと感じた。
実際それは当たっていた。
ひとつ年上で、気が強くて負けず嫌い。今分かっていることはそれだけ。
名家に生まれ、大切な箱入り娘であったはずなのに、武芸をたしなみ、発明開発を趣味とし、女性としては少し、いやだいぶ変わっていた。
孔明は妻の趣味などに口出しをするつもりはなかった。
好きにすればいい。
裕福ではない自分の元に嫁がさせられ、贅沢などさせてやれないのだから、自由にすればいい。



月英は、摘んでいた虫を夫がぽいっと投げ捨てたのを見て、ほっとした。
畑仕事を手伝うのは楽しい。今まで知らなかった知識に胸が高鳴り、いろいろ質問しては的確に答えてくれる年下の夫に感心もした。
けれど、虫は苦手など初めて気付いた。
小さな虫なら大丈夫だけど、ちょっと大きいのは怖い。
子供の頃は触れたはずなのにどうしてだろう、と小首を傾げる。
最初、蛇が出た時、孔明が気を使って払ってくれたが、平気だと言って驚かせた。
大きな蛙もそうだ。
しばらく無言のまま孔明に教えられたとおりに畑を耕す。







「月英殿」
「殿は必要ありません」
「そうでしたね。――では、月英、もう暗くなりますから戻りましょう」
「はい」

後片付けに取り掛かる孔明を手伝う。
そっと手を伸ばしながら、どこまで近づいてもいいのかその距離に悩み、そんなことに悩む自分はらしくないと歯痒く感じる。
夫婦として契りを交わしているけれど、それとこれは別なのだ。
もう一歩だけ近寄る。
孔明は別に何も気にもとめない様子で、手馴れた手つきで、農具抱え歩きだした。
月英はその後ろをついて歩く。

夫の背はとても高く肩幅もあるが、華奢で細く見える。
初めて会った時に、自分の方が太いのではないかと月英が思ったぐらいだったが、その体は筋肉がしっかりついており、腕はたくましく、初めて抱きしめられた時、孔明の体温が触れた部分から全身へと熱が走った。
そんな自分に驚き、そして、それを知られたくなくてぐっと下唇をかみ締めた。
結婚初夜は、押し流されようとするはじめての感覚と破瓜の痛みに、ただぐっと堪えた。
痛いとは聞いていたし、こんなものかという気持ちもあったけれど、これを幾度もしなければいけないのかと思うとうんざりもした。
これに慣れて、快楽など感じられる日などくるのかも疑問だ。

そもそも、結婚に夢も何も持ち合わせていなかった。
親が決めた相手に嫁ぐしかないのだから。
でも、できるなら武人がいいな、と思っていたのだけれど――。
武術が好きだった。だから、強い人に憧れた。
けれど、自分の夫になった人は、書生と農夫の間にいるような人。
幻滅はしてない。これが現実。
それはきっと孔明も同じように思っているのだろう月英は、その背を見ながら思った。
まだ知り合って7日なのだから、当然なのかも知れないけれど、孔明は何を考えて、何を思っているのか掴めない人だと月英は思っていた。
さきほどみたいに、土を握ったまま考えこんだり、書を読み始めれば、声をかけてもまったく気付かず、同居の孔明の弟の均に強く厳しく、時には書を取り上げないといけないと教えられた。
知識や学に対しては貪欲だが、仕官するつもりはないらしい。
別段それに不満はない。
乱世の世にあって、それに巻き込まれず平穏に暮らせるのならそれが幸福だ。
ただ、ほんの少しだけ、もったいない、と思う気持ちはあるけれど――。






あぁ~、と言う均の脱力した声の後、月英の鈴のような笑い声が聞こえ、孔明は顔を上げた。
見ると均が机の上をじっと見ながら、悔しそうに頭を抱えており、それを月英が面白い気に見ている。

「では、義姉上、この戦法では?」

机の上には、小枝や碁石は散らばっており、それを均が並び変える。

「そうなると、ここに隙ができますよ」
「あ~、」

また均のなさけない声に、月英が笑う。
孔明は書を読んでいた。
嫁入りに際して、月英の父が持たせてくれた書がたくさんあり、孔明を喜ばせた。
そのひとつを夢中で読んでいて、我に返ると妻と均が何かして遊んでいる。

「何をしているのですか?」

孔明が問いかけると、「兵法の勉強ですわ」と月英がにこりとする。

「兵法?」

孔明はふたりに近づくと、机の上を見下ろす。

「小枝や碁石を兵に例えて、戦法を考えて、均さまに破ってもらってます」
「一回も勝てませんけどね」

溜息を吐きながら均が言う。それから、両手を上に上げて、伸びをしてから、立ち上がると、

「兄上は義姉上に勝てますか?」

挑発するような目をして、月英の背後に回る。孔明は今まで均が座っていた榻に腰掛けると、

「いいでしょう。受けて立ちますよ」

と月英と均を見る。
それに月英は、口の端をにやりと揺らした。





「――っ」

月英は悔しそうに、唇を尖らせる。
その仕草が子供のようで孔明は、笑いそうになるのを堪えた。笑ってしまったらきっと月英は嫌がるだろうが、彼女はこんな子供のような仕草をしてみせるのかと思うと、孔明はちょっとだけ妻のことを知り得た気がした。

碁石をひとつ月英が摘む。その手が少し荒れている。
結婚式で見た時の彼女の手はとても綺麗だった。この家に嫁いできて、家事や畑仕事をして荒れてしまったのだろう。

しばらく、唇を尖らせ、んーと小さく唸り声をあげながら机を凝視していた月英だったが、急に顔を上げ、

「参りました」

と悔しそうに言うと、ぷいと孔明から顔を反らす。
まるで拗ねた子供のようだ。そう思った瞬間、ふっと笑ってしまった。
それを月英は、自分に勝ったから笑ったと勘違いしたのか、キッと横目で睨んできた。

「すみません」

孔明が謝ると、またぷいと顔を背けてしまった。


ひとつ年上で、気が強くて負けず嫌いだが、蛇や蛙は大丈夫だけど虫が嫌い。
ちょっと子供っぽいところがある。

またひとつ月英のことで知っていることが増えた。







夜。
孔明に負けた悔しさから月英はなかなか寝付けないでいた。
孔明は書が読みかけだからと、月英に先に休むように言ったまま、まだ寝室には来ない。
ごろんと寝返りと打って、さきほどの戦法のどこがいけなかったのか頭の中で繰り返し繰り返し思い返してみる。

あそこか?でも、そうなると・・・。
なら、あの時かな?でも、やっぱり・・・。

頭がぐるぐるしてくる。悔しい。悔しい。悔しい。だけど――。

(あぁ、もうっ!)

上掛けを頭からかぶって、寝てしまえときつく目を瞑る。






ふっとあたたかい感触が手に触れた。
それに目が覚めて、瞼を開きかけてが慌てて止めた。
孔明が月英の右手に触れていた。一本一本指に触れている。
月英は、ぎゅっと瞼を閉じて、起きてしまったことをぐるぐると後悔する。
求められているのだろうか、と思った。それならば断っていけないと教えられた。
だけど、初夜の次の晩、自分を抱こうとした孔明に、正直に下半身がまだ微妙におかしくて痛む気がすると告げ、拒否してしまったら、

「すみません」

と頬を少しだけ赤らめた夫に謝られ、孔明のせいではないと月英は慌てた。
それから、次に抱かれたのは昨晩。
初夜の時のような激しい痛みはなかったけれど、まだピリッと裂かれるような痛みに眉をひそめた。
しばらく、孔明が動かずに月英の髪を撫で続けてくれ、痛みから少し救われた気がした。

孔明の手がまだ月英の手を捉えている。
触れられた場所から、奇妙な具合にあまいものが滲んで、月英はあわてた。
こんなの知らない。
その気持ちを押し隠すように、寝た振りを続けたまま孔明の手から逃れようと手を動かす。寝た振りをしていることがばれているのではないかと思ったが、孔明はすぐに月英の手を解放した。
内心ほっとした。
しばらくして、寝返りをしてほんの少しだけ瞼を開いてみる。
孔明は寝ているようだ。
うつ伏せになって、肘をついて頭だけ上げ、隣で寝る孔明を見る。


聡明で穏やかで、自分の方がひとつ年上なのに、自分より落ち着いていて――。
弟がいるせいかな?自分はひとりっこだから。


ほぉ、と溜息を落として、孔明に背を向けて再び横になると、孔明が触れていた自分の右手を左手で握り締める。

ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ結婚したのがこの人で良かったのかもしれないとなぜかふいに思った。


自分が望んだような武人のように強い人ではないけれど、それを補うに勝る知をこの人は持っている。



 ※



村の長の義娘だという女性と孔明が話していた。
畑に彼女が顔を出したとき、月英は孔明に紹介されたが、そのままふたりは話し込んでいる。長の使いだという。

しばらくして、彼女の笑い声がした。
それに月英は、むっとして農作業をしていた手を止めて、ちらりとふたりを盗み見る。
孔明は月英に背を向けているのでその表情が分からない。何の話をしているのか、女性は面白げにその頬に笑みを浮かべている。

それが面白くなくてぷいっと顔を背けて、作業に没頭する。



「月英」

声をかけられて、月英は顔を上げる。

「長のところに行ってきます」

そう言われ、いってらしゃいっと言った笑顔は引きつっている気がして月英はちょっと慌てた。
ふたりの姿が見えなくなった頃、月英は「あぁ、もう」と声を上げると、腕まくりして作業を続ける。
今は冬のはじめだけれど、今日は暑い。

照りつけるその太陽に顔を上げ、月英は目を細める。
ほぉ、と息を吐いた後、地面へと視線を向けると虫がいた。思わず、飛びはねて逃げる。


「あぁ、もういや!」




 ※



妻の機嫌が悪い、ような気がした。
それはあからさまに悪いのではなく、時折、悪いのかな、と思える程度で逆に孔明を戸惑わせる。
夕刻、畑に戻ると月英の姿はもうなく、草廬に戻っていた。探すと、井戸で桶に汲んだ水を手拭いを浸していた。


「月英」

声をかけると月英が顔を向ける。

「おかえりなさいませ」
「あぁ、ただいま」

そう言うと、月英は水を絞った手拭いを手にするとくるりと行ってしまう。その様子にどこか怒っているような気配が漂っている。



夕餉の時などは、均に対する態度はいつもと一緒だ。
けれど、どこか自分には刺々しい。畑に放置してしまったことを怒っているのだろうか。
孔明は無言のまま、考えた。

(さて、どうしようか)








月英は、寝着に着替えながら、腕に目を落とした。
腕をまくって夢中になって作業していたら日焼けしていて、そこが衣服に触れピリピリと痛い。
はぁぁ、と息を吐く。
孔明の顔を見ているとイライラした。なぜだかイライラした。
だから、孔明と対する態度などが、大人げないと分かっていても知らずとげとげと尖ってしまった。あの女性と何を話していたのだろう。そう思うとまたイライラしてくる。
村の長の使いできた女性と何をそんなに笑うほどに話すことがあるのだろうか?
寝着に着替え終えた頃、足音がして孔明が寝室へ入ってきた。
月英は、イライラした気持ちを押し隠そうと、にこりとしたつもりだが、どうも不自然だと自分でも分かった。


「月英」
「何でしょう?」

寝台に腰掛けた孔明が月英を呼ぶ。

「手を出してください。両手です」
「手、ですか?」

孔明の前に立つと、言われたとおりに両手を差し出す。
差し出された手をそっと孔明は、包むように握り締めたあと、

「すみません」

と謝った。
月英は、なぜ孔明に謝られるのか分からず困惑した。

「手が荒れてしまってます」
「えっ?」

月英はそう言われ、自分の手に視線をおろすが、孔明の手に包まれていて見えない。
孔明は懐から小さな瓶を取り出すと、蓋を開け、そっと中の軟膏を月英の手に塗りこむ。

「それは?」
「長の使いで来た人がいたでしょう?彼女からもらいました。」
「えっ?」
「あなたの手が荒れているのに気付いて、彼女に他の女性はどうしているのか聞いて、笑われてしまいました」
「――・・・」

あの時、彼女が笑ったのは――・・・。
そう思った瞬間、自分でも驚くぐらいに苛立っていた気持ちがすっ・・・と消えた。
そして、胸の中に残ったのはあたたかな――なにか。

「――っ」
「染みましたか?」
「ほんのちょっとだけ」
「あなたなら、もっといい嫁ぎ先があったでしょう」
「えっ?」

月英は孔明は見つめるが、孔明は顔を上げようとしない。
塗り終わったはずの月英の手をただ、ほんの少しだけぎゅっと握りしめてきた。




「私は――・・・」




「私の夫が孔明さまで良かったと思ってます」


そう言うと、孔明は顔を上げた。視線が交差して、自然とその頬に笑みが浮かんだ。
それから――・・・。


「孔明さまは?」

と問いかけると、孔明はかすかに笑いを洩らした後、

「さぁ、どうでしょう」

意地悪気に瞳を揺らすのだ。それも楽しげに。それを受けて月英は、軽く孔明を睨む。
が、孔明は月英の睨みなど怖くもない様子で、喉を揺らすように笑う。




「機嫌は直ったようですね」
「えっ?」
「何を怒っていたのですか?畑に置き去りにしてしまったことですか?」
「――・・・虫がでました。大きな虫」
「虫・・・ですか」
「なのに、孔明さまは女の人と笑ってどっか行ってしまったから」

少し乱暴に月英の手が、孔明の手の中から逃げる。
するりと抜け出した手を月英は胸の前で握り締めると、くるりと孔明に背を向けてしまった。


「それは――その女性に嫉妬したということですか?」


月英の肩がびくりとしたのを見て、孔明は寝台から立ち上がると後ろから月英の肩にそっと触れる。


「嫉妬・・・だったのでしょうか?」
「違うのですか?」

月英は答えない。認めるのが悔しいのだろうと、孔明は思った。
月英の肩に置いていた手を、ゆっくりと彼女の腕に沿って触れると、「いたっ」と月英が小さな声を上げる。


「日焼けしてしまったようで。触られると痛くて・・・」

孔明は、月英の裾に手を伸ばして、それをまくってみる。
出てきた月英の腕は、熱はおさまっているようだがほんのり赤くなっていた。
月英が逃げようとしたので、その腰に手を回す。

「腕をまくって作業をしていたのですか?」
「暑かったので」
「肌が弱いのですかね」

腰に回していた手をほんの少し緩めて、月英を回転させ向かい合い、見つめ合う。
それは、ほんの一秒か二秒のこと。
ふっ・・・と月英は視線を反らした。
たまらなく息苦しくなったのだ。孔明から見つめられるのが、苦しくて、甘くて、切なくて、やるせなくて。



「肌は露出しない方がいい」
「はい」
「肌を出すのは私の前だけでお願いします」
「はい・・・。――えぇ?!」


瞬間、ぽ、耳たぶまで赤らめた月英を孔明はしばらくの間、見つめていたが、やがて、ふっと笑う。





ひとつ年上で、気が強くて負けず嫌いだが、蛇や蛙は大丈夫だけど虫が嫌い。
ちょっと子供っぽいところがあって、ちょっとだけ嫉妬深い。

またひとつ月英のことで知っていることが増えたが、そんなことよりも、


(月英が愛おしい)


そう自分の心が揺れていることが一番の発見だ、と孔明はそっと月英を胸に抱き寄せた。


 

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