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諸葛夫婦(孔明&月英)中心小説保管庫です。更新はありません。旧「有頂天外」です。
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つまり、彼女は騙された、というわけか。
孔明は、目の前で繰り広げられた会話からそう判断した。
不機嫌そうにキッと師を睨みつけている女性を孔明は眺める。
その視線が彼女の癇に障ったのか、赤い髪がばさりと揺れ、気の強そうな瞳が孔明を捉えた。
その表情は怒りが込められているが、初めて正面から見た彼女の顔立ちがとても整っていたのでそちらに気をとられた。
黄髪醜女だが才女。そう聞いていた。
けれど、目の前の女性はなかなかの美人だ。
百聞は一見に如かずとは言ったものだ、とのんきに思っていると、ぷいっと顔を反らされた。
孔明の視線がまた癇に障ったらしい。

見合いだと孔明は聞かされていた。
師を通して持ち込まれた縁談。相手は地元の名士の黄承彦のひとり娘で、名前は月英。
黄承彦氏とは数回会ったことがあり、その人柄などからその娘さんなら、と縁談を了承したのだが、彼女は違ったらしい。
兵法を学ぶつもりだったらしい。
彼女が師に訴えている内容を聞くところ、今まで兵法を学びたがっていたが女には必要ないと斥けられていたが、今回その願いが叶い師に対面かと思ったら見合いだった、ということらしい。
まぁ、確かに結婚まで互いに顔を知らないのが当然の世なのに、見合いというのもおかしな話ではある、と孔明は今更に思う。

確かに自分は良家の娘が嫁ぐ相手ではないかもしれない。
けれど、何も知らないのにそこまで嫌がらなくてもいいではないか。
孔明は、目の前で怒りに身を任せている女性を見やる。
怒ってはいるけれど、本気で怒っているわけでもなさそうだ。
所詮は拗ねているだ。こうして拗ねれば今まで大抵のことは通ってきたのだろう。ただの甘えだ。
才女、と聞いてはいたけれど所詮は良家の「お嬢様」でしかないということか。

確かに騙されたのか、気の毒に、とは思う。
のんきにそんなことを思っていると目が合った。
彼女の瞳に不快感が露になっていたのでつい意地の悪い気持ちが生まれ、

「才女と聞いていた貴方も、こうして見ているとただの駄々っ子ですね」

と孔明はにこりと微笑んでみせる。
師が驚き慌てる様子がしたが、気にせず月英を見つめる。
怒るかと思ったが、一瞬強い不快感を眉に示したが、すぐにつんと澄ました顔をして、

「私も臥龍と貴方を聞いておりましたが、ただの意気地なしに思えますわ」

そう言う。
けれど、ほぉ、そうですか、と孔明はさらりと受け流す。
月英はちらりと孔明を一瞥して、自分の嫌味をさらりと受け流されたことをどう思ったのかは分からないが、にこりとその頬に笑みを浮かべて孔明を見据えてきた。

「だって、そうでしょう?臥龍などを大層なあだ名がありますけれど、所詮は居眠り中ということ。才をもっているのならば、それを世の為に使うべきだと私は思いますの。それもせずに、この狭い隆中で居眠りをしているだけなんてただの意気地なしですわ」
「臥龍と自分で名乗っているわけではありませんし、意気地なしと言われれば否定はしませんが、生き方については私と貴方の価値観の相違とも言えるでしょう?」
「そうですね」

反論でもしてくるかと思ったのがあっさりと肯定した月英に孔明は内心驚いたが、表情には出さない。そんな孔明を月英は、

「貴方は――見合いのつもりでいらっしゃったのでしょう?」

どこか検分するようにじろじろと見る。ええ、と孔明が答えると、

「では伴侶と価値観の相違があっては大変でしょう?」

ああ、そうきましたか、孔明はくっと笑いそうになるのを堪える。

「私は、今仕えたいと思える人に出会っていないので居眠りを続けてますが、いつか出会えたらとは思っています。貴方が好きでもない男と結婚したくないのと同じですよ」

月英がぴくりと反応した。
それから、今までのつんと澄ました顔が、緩まったのが分かった。
素が出たのかもしれない。その素の顔は思いのほか幼く可愛らしい。
そんな素の彼女と目が合い、視線が交差したかと思うとすぐにぷいっと反らされた。


 ※


「無駄足を踏ませてしまったかの」

見合いの帰り道、師がそう残念そうにぽつりと洩らした。
そのまま、はぁぁぁと溜息を落とした師に孔明は、

「この話、進めてください」

と言う。
はっ、と間抜けな驚き声を上げた師に孔明は口の端に笑みを浮かべて、

「私は彼女がとても気に入りました。彼女はどうかは分かりませんが」
「――・・・お前にも分からないことがあるのだな」

師は心底驚いているらしく、その間抜けな返答に孔明は思わず笑い、それから、

「月英殿にお伝えください。兵法ならば私もお教えできますよ、と」

才女と評判の月英の勝気なつんと澄ました顔と、一瞬だけ見せた素の幼い顔の両方を思い出し、臥龍は忍び笑いを洩らす。

それから、臥龍が居眠りを続けられる時間はそう長くないかもしれない。そう思った。


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