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諸葛夫婦(孔明&月英)中心小説保管庫です。更新はありません。旧「有頂天外」です。
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趙雲の背を見ながら昨夜のことを思い出しつつぼんやりと歩を進めていたが、名を呼ばれ、振り返った彼に視線を合わせる。

「殿のところに挨拶に行きましょう」

にこりとそう言われ、一瞬にて緊張が走った。

殿――劉備玄徳とは一度会っている。
草庵まで孔明に会いに来た二度目の時に義弟の均とともに対応している。
そして、その時に感じた。
夫はきっとこの人に仕えることになるだろう、と。
だから、本当はもう来て欲しくなかった。
城内を趙雲について歩きながら、そう思ったことを思い出す。
嫉妬。そう嫉妬をしていたのだ。自分から孔明を連れて行こうとする人に。
ある部屋の前で趙雲が歩を止め、「殿、いらっしゃいますか?趙雲です」と声をかけると、すっと扉が開かれた。
中で護衛に当たっていたらしい兵が開いたようだ。
中に入ると、孔明の姿もあった。
何か書きものをしている最中のようで一瞬顔を上げたが、その視界に月英を認めるとすぐに視線を落とした。
それだけで胸が軋む。
きりきりきりと音をたてているのではないかと思うぐらいに軋んだけれど、その一方で、これからこんな胸の痛みを、孔明に頼らずになだめていくしかないのだと思う自分もいる。

つらくても。悲しくても。苦しくても。切なくても。どんなに苦しくても。

「孔明から聞いている。そちが英か?」

劉備の声に、両手を合わせて深く一礼をする。
孔明が自分のことを話したことに内心、月英は驚いた。

「孔明はそなたを帰したいようだが、私は歓迎する。よく来てくれた。ありがとう」

顔を上げて、劉備を見ると、あたたかい目をしていた。視線が合うと、目を細めて、

「姉上に本当に似ている」

と言う。その言葉に月英は思わず俯いた。

「最愛の人に似ている者がいると思い出して辛いから、孔明は反対なのか?」

からかいが滲んだ口調に、孔明は筆を止め、苦笑しつつ、「まさか」と答える。
ただ、それだけの会話なのに、月英はふたりの信頼の深さを感じた。
孔明がもう一度月英を見た。今度は真っ直ぐに見つめ、目を反らさない。
少しの揺らぎも見せないそれは、まるで凍結してしまっているのではないかのような冷たさを秘めている。

「姉上もいい目をした人だったが、英もいい目をしているな。意志の強そうないい目だ」
「――あ、ありがとうございます」
「趙雲がしばらく面倒を見るらしいと聞いているが」
「先ほど、腕前を見ましたがなかなかのものですよ。実践が足りないのは致し方ないことですから、それに近い訓練方法を繰り返せばいい武将になるでしょう。それに何よりも身軽です。腕あわせを頼んだ関平を戸惑わせたぐらいですから」
「関平を?それは結構なことだ。英、よろしく頼む」

劉備は、眉と目が楽しげに揺らした。

 
 ※
 
「いい目をしている。はじめて会った時もそう思ったものだ」

人払いをしてふたりになると言った劉備の言葉に、孔明はため息を落とす。

「楽しまれてませんか?」
「あぁ、ちょっとな」

にやりと劉備が口の端をあげるのに、孔明はあからさまに眉を顰めてみせる。
それを見た劉備は声を上げて笑う。

「そんなに姿を偽って来たことが許せないか?」
「――・・・」
「女の姿で来たのなら許したか?」
「――今、私は、月英が・・・私の妻を捨ててもいいと言ったことに怒りを覚えています」
「そう言わせたのはお前じゃないのか?孔明」
「ええ。けれど、その根底に、子供がないことがあるのが分かっていましたから」
「――子供・・・か。けれど、お前らはまだ若いじゃないか」
「結婚して5年は過ぎてます。口には出しませんでしたが、とても気にしているのは気付いてました。こればかりはどう抗っても時の運に任せるしかないですから、月英がひとりで気に病むことはないと言ったのですが」
「――お前ら、若いし仲良くしすぎたんじゃないのか?」
「はっ?」
「その、夫婦がまぐわい過ぎても出来にくいと聞いたことがある。何事もほどほどにが、大切なのだろう」

しばらく沈黙が流れる。

「――・・・殿・・・」

孔明が額を手で覆って、うなだれたのを見て劉備は咳払いをしてから、「阿斗の様子を見てこようかね」と最近生まれたばかりの子供の元へと向かった。
残された孔明は、深いため息をひとつ落としてから、止まってしまっていた筆を動かし始める。
孔明は、新野に来てから杜撰だった劉備軍の建て直しに取り掛かっていた。
戸籍を整えたり、兵を食べさせていくために労力を使っていた。
それに、劉備を客将としている劉表の家庭の事情のごたごたもあり、それは必ずこちらに影響してくることなので、やっておくべきことは多い。
時間が足りない。孔明は外を見やる。兵の鍛錬の声が聞こえる。

 
 ※

 
疲れた。心底疲れたと思った。
体が寝台に溶け込んでしまうのではないというぐらい脱力して、その身を横たえた。
今まで趙雲が使っていた部屋を家具などで仕切って、半分分けてくれた。
本人曰く「いないことが多い」らしく構わず使ってくれという。どこかに女でもいるだろうと月英は思った。
ずっと趙雲が稽古をつけてくれた。
今まで鍛えていたと思っていた肉体に、まだまだ修行が足りないことを痛感させられた。
疲労した体を引きずって歩いていると隣にいた趙雲が、

「好いた惚れたというのは、少し距離を置いてみると、ばかばかしく思えてくるかもしれませんよ」

真顔で言うので、その真意を受け取りかねた月英はただその横顔を見つめた。

「だから、思いつめないぐらいがちょうどいい。少したって錯覚だったと思えるかもしれない」
「えっ?」
「囚われるだけ無駄だと思うかもしれない」
「――趙雲殿はそのような経験がおありなのですか?」

しばらくの沈黙。廊下に足音だけが響いていたが、

「私はひとり身ですが恋はしましたし、相手を置いてきたことも幾度か」

苦笑するように趙雲が言う。

「――私には・・・、よく分かりません」
「まぁ、今は何も考えずにただ体を休めればいい。精神より肉体を疲労させておくぐらいが今のあなたにはちょうどいい」

ゆっくり休みなさい、そう言うと趙雲は部屋には入らずにそのまま通り過ぎてゆく。
寝台に体を横たえて、趙雲の言葉を繰り返してみる。
 
「好いた惚れたというのは、少し距離を置いてみると、ばかばかしく思えてくるかもしれませんよ」
 
そうだろうか?
孔明へのこの気持ちが錯覚だったと思える日なんてくるのだろうか?
そうは思えない。
けれど、今はただ眠りたい。
眠ってすべてを忘れてしまいたい。


 
それから。
孔明と顔を合わせない日が続いた。
鍛錬にあけくれ、夜は何もかも忘れて眠った。それを繰り返す日々。
その日。ひとりの少女の視線に気付いた。
月英が関平とともに趙雲に稽古をつけてもらっていた時だった。じっとこちらを見つめる視線に、関平も気付いたらしく、

「星彩!」

声を張り上げながら、彼女に手を振った。星彩がゆっくりと近づいてくる。
あぁ、彼女が張飛殿の娘さんなのか、月英が星彩を見ると、目が合ったと思った途端にあからさまにそらされた。

「背伸びたんじゃないの?」
「やっと星彩を追い越した」

関平が嬉しそうに言うのを星彩は、ぷいと顔を背けて趙雲に歩み寄り、何やら話しかけている。
趙雲がその彼女の頭を軽くたたくと、星彩は眉をあからさまにひそめる。

「星彩、初めてだろう?軍師殿の義弟の英殿だ」
「はじめまして」

月英がそう言うと、星彩は無愛想にどうもとだけ返してきた。

「昔から無愛想でね」

趙雲がそう言うと、星彩は唇を歪ませる。
その仕草がとても可愛いと月英は思い、そっと頬に笑みを浮かべると星彩と目が合う。
静かな目をしたコだ。だけど、その静かな目の中に強い灯がある。
再び視線は反らされ、星彩は関平を見上げる。彼を見ているというよりは、その頭の先を見ているようだ。
そして、関平にしたのと同じように月英も見上げてくる。
関平に背が抜かされたのか悔しいのだろうと月英は思った。
分かる気がした。星彩の気持ちが。
 
孔明は兵たちに土地の開墾をさせていた。そこに田畑を作り、食料を自給自足させるのだ。
しかし、その土地には岩が多く困難しているとの訴えに、嫌でも月英を思い出すのだ。
彼女は工作や発明類が得意だ。
結婚して劉備に仕官するまで書生と農夫の間のような生活を送っていた孔明は、その中で自らも土地を開墾した経験からその気持ちは分かる上に、月英は嫁いできてから、その為の道具を作り、驚かせられたことがあった。
その図面なら見せてもらい月英が嬉々として説明してくれたので覚えている。
けれど、それを彼らに渡したところで作れるとは思えない。
技術を持った職人を雇おうにも、劉備軍には資金が十分にあるとはいえず、先日も自らが保証人となり、劉備の知人の商人に借金をしたばかりなのでそれは避けたい。
しばらく考えた込んだ後、孔明は訴えてきた兵に言う。

「趙将軍のところにいる英という者を呼んできてください」



 
兵が趙雲に駆け寄り、何かを告げると、その頬に笑みを浮かべたのを星彩は見た。
そして、「英」とその人を呼ぶ。
英と呼ばれた人は、趙雲に何かを告げられ、驚いたように目をまんまるくすると、それに趙雲が楽しそうに声を上げて笑い、その背を押した。
英は押されるがままに走って行ってしまった。
それをなんとなく星彩は見ていた。なんだか苛々した。
最近、なんだかとても苛々する。
武術の稽古を父は喜んでくれるのに母は少しは女らしくして欲しいと嘆くし、今まで自分よりチビだった関平に身長は抜かされるし、師である趙雲はあの英のことばかりをかまう。
胃の奥からぷつぷつと重い澱が作り出される。


 ※
 
あぁ、きましたか、自分が呼んだくせに孔明はそう言う。
 
その部屋には孔明のほか誰もいなく、相変わらず者が乱雑に置かれている。少しは整理すればいいのに、どこに何があるかは自分で分かっているいいのだと昔そう言っていたこと思い出す。
そんなことだけで胸がキュウと音をたてる。思い出が痛いのだ。
孔明との思い出は日常のいたるところに散らばっている。
こういう時、彼はそう言った。
ああいう時、彼がそうした。
何気ないことを思い出しては、そのたびに胸の奥から引き裂かれるような痛みを感じる。
だけど、慣れなければならない。
 
「好いた惚れたというのは、少し距離を置いてみると、ばかばかしく思えてくるかもしれませんよ」
 
趙雲はそう言った。
けれど、少し距離を置いてみれば、こうして思い出に胸が軋む。
だから、鍛錬にあけくれて肉体を疲れさせて眠る毎日。そうしなければ、あの腕の中を思い出すから。
彼の情熱を思い出すから。
 
「あなたに頼みがあって来てもらいました」
 
そう言うけれど、その顔には「不本意」と書かれている。
 
「以前に、畑の岩を取り除く道具を作ったことがありますね?」
「ええ。覚えてます」
 
嫁いですぐの頃だ。驚いた彼の顔がとても印象的で――。
思い出にこみあげてくる胸の痛み。
自分はこんなにも痛みに悲鳴をあげているのに、この人は何も感じないのだろうか?
私はそれだけの存在だったのだろうか、と月英は孔明の顔をじっと見る。

「兵たちに土地の開墾をさせているのですが岩のおかげで難航しているようなので、あの時の道具を作っていただきたい」
「はい」
「どれくらいかかりますか?」
「図面はもう頭の中にありますので、資材が整えば5日ぐらいかと」
「分かりました。では、よろしくお願いします。詳細はまた兵を遣わします」

そう言いながら孔明は月英に背を向ける。

「あの、軍師さま」

呼べば一瞥をくれるが、月英は「いえ、何でもありません」と踵を返した。
孔明の部屋を出てぼんやりと歩く。
もしかしたら。
もしかしたら夫は出廬してから、すでに自分への想いは褪せているのかもしれない。

月英はふいにそんなことを思った。
忙しさの中で想いは褪せていて、自分だけが思い出を追いかけて、恋し続けているだけなのではないだろうか?
新野に来てしばらくたち、孔明の置かれた立場を微妙であることが分かった。
劉備が郷里で旗揚げして以来、義兄弟の契りを結び苦労をともにした関羽と張飛が、孔明にいい顔をしていないのだ。
それを劉備が自分という魚(劉備)には、水(孔明)が必要なのだ、と論じているという。
気苦労も多いだろう。
そんな中に、突如現れた妻というのは邪魔な存在かもしれない。
それに――・・・。
 
「好いた惚れたというのは、少し距離を置いてみると、ばかばかしく思えてくるかもしれませんよ」
 
趙雲の言葉は、男性の気持ちを意味しているのだろうか?


 
 ※
 
「英!」

振り返ると関平が手を振っていた。月英は彼に駆け寄る。

「これは?」
「いい!こういうのが欲しかったの!あと、ふたつぐらいあると助かる」
「了解!」

趙雲が知っているという新野の大工職人のところを訪ね、劉備玄徳の所の者だが使わない木材をほしいと告げると、快く持っていって良いと資材置き場に案内してくれた。
荷物もちについてきてくれたのが関平と星彩。
星彩は木材の中をただうろうろしている。あまり探す気はなさそうだ。
月英はなぜ彼女がついてきたのか疑問だった。なんとなく快く思われていないのは分かっている。
すべての資材が整う頃、星彩に「英」と呼ばれた。
ここに来る前に星彩でいいといわれたので、月英も英でいいと言ったのだ。

「これ、何?」
「あぁ、これはね」

無造作に置かれていた工具に興味を示したようなので説明しながら、その横顔を眺めると、改めて綺麗な子だと思った。
もう少し年を重ねたら心底美しい女になるだろうが、それを告げたところで喜ぶ女の子でもないだろう。
なんとなく、結婚前の自分を見ている気持ちにしてくる子だと月英は思う。

「あれ、星彩」
「何?」
「ちょっといい?髪に木屑ついてる」
「えっ?」

手を伸ばし彼女の髪からそれを取り、これ、と見せると彼女の白い頬がかすかに染まっていることに気付いた。
あぁ、そうか、今自分は男だった、と思い出し月英は「あっ、ごめん」と言うと、星彩は、「別に」とそっけなく答える。

「何してんの?」


関平が不思議そうにふたりを交互に見てきたので月英は曖昧に笑った。


 ※
 
趙雲は孔明の部屋で彼の寝台の上で寝そべっていた。孔明はずっと何か書簡を読み続けている。
最近、部屋に月英がいるせいか、こうして孔明の部屋を訪ねてくることが多い。事情が事情なだけに孔明も文句が言いにくい。

「軍師殿」
「何ですか?」
「奥方が最近、関平や星彩とつるんでます。師としては寂しいものですね。まぁ、別に教えることも今更ないんですけど」
「そうですか」
「何か夢中になって作ってて、不思議な女性ですねー」

寝返りを打ちながら言ったのか趙雲の声がなんだか間抜けに伸びている。

「彼女に興味でも持ちましたか?」
「興味なら最初から持ってましたよ。面白そうですからね。そうでなきゃ、彼女を引き受けませんよ」

振り返ると趙雲が楽しげに頬を揺らしながら孔明を見ていた。

「でも、私が本当に興味のあることは違いますから」
「何です?」
「秘密ですよ。ひとりでこっそりと楽しむんですから」

にやりと趙雲の頬が揺れる。
 

 ※

 
新野城の奥に与えられ作業場で、月英は木を削っていた。夢中で木を削った。何も考えずにただ木を削る。
けれど、すぐに集中力が途切れてしまう。
以前はこんな風にはならなかったと月英は思った。ため息を思わず洩れる。
それに作業を手伝っていた関平が気付く。

「疲れた?」
「ううん、平気。どれくらいの細さになった」
「どう?」

木片を月英に渡すと関平は立ち上がり、「喉乾かない?」と、月英の肩をたたいて、一瞬驚いた様子を見せた。

「どうしたの?」
「いや、細いなーって思ったけど、本当に細くてびびっただけ。女みたいだな、本当に」

月英は一瞬体を引いて、それから、関平を見上げた。
それを怒ったのと勘違いしたのか関平は「わるい」と言うと、「何か飲む物もらってくる」と出て行った。
そして、「あれ、趙雲殿」という関平の声がして入れ違うように趙雲が入ってきた。
趙雲は散らばる木片を見渡して、

「この木から何を作り出そうとしているのかさっぱり分からない」

と言うので月英が説明しても彼は首を傾げるだけだ。
 
「なんか元気ないですね?」
「ちょっといろいろ思い出しちゃって」
「昔のことをですか?」
「ええ。この前、好いた惚れたというのは、少し距離を置いてみると、ばかばかしく思えてくるかもしれないとおしゃって
ましたよね?」
 
あぁ、と趙雲が苦笑を洩らすように頬を歪ます。
 
「そんなこと言いましたね」
「男と女とでは違うのかな、と思ったのです。男性は離れてしまうと忘れるけど、女は思い出に囚われてしまう」
 
趙雲はしばらく黙ったまま月英の様子を伺う。
 
「それは、軍師殿の気持ちは月英殿にないのではないかということですか?」
「ええ。きっとそうです。分かっていても――・・・だめなんです、私。」
「だめ?」
「女であることを捨てても近くにいたいと願ったのに、全然できていない。妻としても、全然・・・、役立てなかったのに」
 
語尾が揺れた。気がつくとぽろぽろと涙が零れてきた。
 
「妻として役立ってなかったわけはないでしょう?」
「――こ、ど・・・もが・・・で、きません、でした」
「子、ですか」
 
趙雲が唸るように言う。
 
「それを責められたりはしなかったのでしょう?」
 
ゆっくりと月英が頷く。
あの頃、孔明は底抜けに優しかった。
そして。
その優しさが辛くもあった――。

嗚咽が堪えきれない。関平が戻ってくると分かっているのに止められない。
それに趙雲も気付いたのか、腕を取られ立たされたが、足はガクリと折れるように崩れていく。
それを趙雲に支えられながら、作業場から少し離れた竹やぶに連れて行かされる。
作業場は人気のないところにあって良かったと月英は思った。
 
「今だけ思う存分に泣いてしまいなさい。今日のことは私も忘れますから」
 
月英の腕を取っていた趙雲の手は、そのまま背中へと回される。
 
「私を軍師殿と勘違いして泣いてしまいなさい。声だけは似てるはずです。存分に泣いて」
 
そして。
一度趙雲は言葉を区切る。
 
「女とか男とかそういう前に、武人とおなりなさい。」
 
背中に回された手が2度ほど軽く叩かれた。
その軽い振動に弾けるように涙が溢れた。立てないのを支えられた。趙雲にしがみついて子供のように泣いた。
 
泣いて泣いて、酸欠で頭がふらふらになった頃。
 
ふいに気配を感じて振り返ると、星彩が立っていた。
目が合うと、感情が読めない目が歪んでそのまま走り去って行った。
 
名を呼ぼうにも声が出なかった。
 
「勘違いされたかな」
頭上からした趙雲の声をたどるように見上げると、彼も星彩の走り去った方向を見つめていた。
 
「か、勘違いって彼女は私を男だと思ってるのですよ」
 
呂律がうまく回らないが、途絶え途絶えに言う。
 
「そういう性癖の人だっているでしょう?星彩もそれは分かっている。その方が都合がいい」
「でも、星彩はあなたを――」
 
思わず咳き込んだのを趙雲が子供にするように背をさすってくる。
 
「知ってますよ。私もそれに気付かないほど鈍くない」
「気付いていて、それでいて勘違いされたままがいいのですか?」
「私は、彼女の気持ちを受け入れられません」
「なぜ?」
「異性としては彼女を見れないのです」
「――・・・」
「だから、このままでいいです。あなたもそのままの方がいいかもしれませんよ」
「えっ?」
「女性を愛せないでしょう?」
 
月英は趙雲の瞳を見つめる。
なぜ――。
なぜこの人はこんなにも寂しい目をしているのだろう。大勢に慕われている人なのに、その瞳にはいつもどこか孤独の影が見え隠れするのだ。
口元に笑みを浮かべながらも瞳には孤独をにじませている人。
 
じっと見つめる月英から逃れるように趙雲は身じろぎして月英を離す。



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